きのこ研究者が一般の方から生産者、研究者向けにユルく、時にスルドく「きのこの話題」を提供するブログです! In this blog, mycologist-O provides mushroom topics from the general public to producers and researchers!

“きのこ生産継続のための持続可能性視点:その光と影” (Frontiers in Sustainable Food Systems誌)掲載のお知らせ!

“Sustainability perspectives for future continuity of mushroom production: The bright and dark sides” (Frontiers in Sustainable Food Systems誌)掲載のお知らせ!

皆さん大変お久しぶりです。
実に3カ月以上ぶりのアップになります!

今回は論文掲載のお知らせです。
拙著”Sustainability perspectives for future continuity of mushroom production: The bright and darksides“がFrontiers in Sustainable Food Systems誌に掲載されましたのでお知らせします!(→LINK;doi:10.3389/fsufs.2022.1026508)

さて、上記の長いタイトルを日本語に訳すと「きのこ生産の将来的継続のための持続可能性視点:その光と影」という感じなります。これまで私は17年間きのこの生産や品種改良に携わってきましたが日本国内だけでなく、国外でも「きのこの食品としての優位性やきのこ生産のもつ持続可能性への環境や経済面への寄与」については広く認識されていないのでは?というところからこの論文は着想を得ました。

この現状を解決するためにはきのこ生産が関わる持続可能性に対する良い面と悪い面、つまり「光」と「影」の側面を明確にする必要があります


ではその「光」とは何を指すのでしょうか?

1.きのこ生産は持続可能性に寄与する!
これは本ブログでも随分と書いてきたことですがきのこ生産は林業や農業を由来とする低価値な副産物をリサイクルすることで持続可能性に寄与します。そのため、特に途上国においては収益性の高いビジネスとなり得ます。また日本のように原木栽培や菌床栽培のための材料を準備するため、適切に山林を管理すると山林は保水効果が向上するとともに土砂の流出が抑制され、豊富な有機物が生態系の維持に寄与します!


2.きのこ生産量は過去30年間で10倍増!でも実は!?
世界的な生産量をFAO(国際連合食糧農業機関)の統計から見てみるとなんと過去30年で13.8倍(1990-2020)となっています。では過去15年間のきのこ生産量について下のグラフをご覧ください。


見た感じ順調に増えてるようですがこの青とオレンジの色分け。これなんだと思いますか?
実はこれ、青が中国のみの生産量、オレンジがそれ以外の全ての国の生産量なんです!

FAOのデータによると中国は実に世界のきのこ生産量の93%を占めています。
ではオレンジ部分だけを抜き出してみると下のようなグラフとなります。
2012年以降、急減していますね。


実はこの傾向、日本も同様であり、10年近く変化していません。
このように日本も中国を除いた世界的な生産も停滞状況にあるのがきのこ生産の現状なのです。ではこの停滞からどのようにして脱却すればよいのでしょうか?

3.各国の国際支援による生産基盤の強化
上記のように停滞している世界のきのこ生産ですが各国が国際的支援を行っています。
私が知っているだけでもJICAがブータンを、韓国のKOICAがスリランカを、中国のCIDCAがパプアニューギニアや中央アフリカを支援しており、農村地域のきのこ生産基盤の強化に貢献しています。私はこれまで、海外(ブラジルやベトナム、ブータンなど)の研究者や生産者に研修を行ってきましたが資金面や文化面など違いはあれど基礎的なきのこの栽培学(菌学)について教育が各国で不足していると強く感じました(日本も含めてですが)。

ブータンからの研修と視察を弊所が受け入れた時の様子(2018年)


4.きのこについての食育の重要性
きのこはビタミンや食物繊維、各種機能性成分を多く含む健康的な食材として認知されていますが、主食となる作物と比較するとタンパク質や脂質、炭水化物(食物繊維を除く)といった3大栄養素は少ないのです。そのため、生産が後回しにされがちです。しかし、3大栄養素が豊富な食材に依存した食習慣は将来的な肥満といった社会問題の遠因となることが予想されます。そこで重要なのがきのこを含めた食材の重要性を発信する教育、いわば「食育」です。実は世界第2位のきのこ生産国である日本でもきのこを含めた菌についての教育は小中高を通してほぼありません。上記3.の国際支援を通したきのこ栄養学的側面からの教育、つまり「食育」はきのこ生産の向上にとってもキーとなります。

きのこはタンパク質が多いと思われている方も多いのですがそれは誤りです(食品成分データベース、文部科学省→リンク)

以上のように世界的きのこ生産の停滞から脱するキーとなるのは「教育」であり、きのこ生産を試みる国々に対して金銭的な支援のみならず基本的な生物学、生態学、栄養学といった知識の共有が重要となります。

きのこ産業は上記のような問題以外にも持続可能性に反する、生産上軽視されがちないくつかの問題、つまり「影」の側面にも取り組む必要があります。

1.きのこの胞子による問題
密室で栽培されることの多い現代のきのこ栽培では生産者が胞子を大量に吸引し、呼吸器系疾患を起こすことが知られています。これはきのこ生産者の3割弱が経験するとされるQuality of Working Life(QWL)上の大きな問題です。また栽培きのこを由来とする胞子は施設を汚染し、周辺環境に散布されることで遺伝的多様性が損なわれる恐れもあります。これまでに私が知る限り、下のエリンギ等のきのこ種を含めて4品種のみ胞子が無い品種(無胞子性品種)が開発されています。近年、きのこの胞子形成に関与する遺伝子が特定されており、今後ゲノム編集等による技術によって胞子を作らない様々なきのこ種が開発されることが期待されます。

胞子ができないエリンギとヤナギマツタケ(味や見た目の変化はありません)。


2.きのこ栽培後の廃棄物処理問題
きのこの栽培後には何が残るのでしょうか。それは「廃菌床」と呼ばれる廃棄物です。これには使用済み耐熱性袋(ポリプロピレンや高密度ポリエチレン製)と使用済み基質(木材や農業副産物+きのこ菌糸)が含まれます。現状、この耐熱性の袋は焼却処分されており、CO2の発生源となってしまいます。1枚当たり10g前後ですが世界で年間100万トン使用されており、これを昨今、話題のプラスチックストローで考えてみると2020年に完全廃止されたスターバックスのプラスチックストロー年間使用量の1000倍にもなります。最近、生分解性プラスチックを使った耐熱袋が開発されたようですがコストが高いこと、生分解性といっても土中や水中では分解しないことからすぐに広く使われることにはならないと思われます。生分解能が高く、コストが同程度でないと普及は難しいのが現状なのです。

使用済み耐熱袋の山。これは現状、焼却処分するしかありません。


あとは使用済み基質の処理についてですがこれは林業や農業副産物からできているため、多少の量なら放置していても問題は無いのですが生産規模が大きいと、きのこの病虫害の発生源となってしまいますし、焼却するのも灰分が多く、環境に良くありません。これまでにも使用済み基質を使ってバイオエタノールを調製したり、植物病原菌を抑制する物質を抽出したりと様々な研究がなされていますが結局のところ、生産者は畑の隅で放置して発酵させ、肥料にすることが一番安上がりと判断しているようです。でも発酵には時間がかかります。産業レベルの機械を使えば早いかもしれませんが現実的ではありません。

廃菌床の一部である使用済み基質。
これは発酵させれば良い肥料になりますが産業規模の量となると処分が非常に難しくなります。


きのこの良い側面、すなわち「光」の側面だけでなく、上記のような「影」の側面についても解決することできのこ生産は自然環境だけでなく労働環境にとっても持続可能な循環型農林業のモデルとなり、今後もきのこが消費者の皆さんに選んでもらえる食品であり続けることができると私は考えています。

原文はこちらから→doi:10.3389/fsufs.2022.1026508

知らなかったのですがFrontiers社ってNature Research社から出資されているんだそうです。でもあんまり関係性が見えてきませんね。ちなみにFrontiers in Sustainable Food Systems誌のImpact factorは5.005だそうです!結構高いですね!

[追記!]
2022年10月に掲載された拙著ですが2023年9月に“Frontiers in Sustainable Food Systems”誌のサイトにて”5000 views&downladsを達成しました!!
→リンク

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